クィア理論は役立つ理論?

2009 9月 24
- 投稿者: カズオ

クィア理論とは何?それは一体、何に役に立つのか?

クィア理論が問い対象とするようなセクシュアル・マイノリティーズやそのアクティヴィズムからこのような問いが投げかえされる。このような問いは、クィア理論は、現在彼/女らが望むような回答を提供したり、彼/女らに何らかの役に立つべきだという尤もな前提がある。だが、もし私がこの問いに答えるのならば、おそらくそれは彼/女をがっかりさせるものになるだろう。

クィア理論を医者に例えるならば、患者に役立ち患者の求める治療をすぐに行う医者が「良い」医者だとすると、クィア理論は明らかに「悪い」医者であり、ある意味「残酷」な医者である。なぜなら、患者の苦痛を敏感に察知しながらも、鎮痛剤を投与したり、その患部の処置を早急に行おうとしないからだ。

クィア理論は、人々の苦痛への理解を試み、表現する言葉を模索する一方、それをそのひと個人の問題とするのではなく、歴史化したり、その人とは直接には何も関係のないような文化事象や社会や政治に接合し、その人自身が抱える固有の問題を残酷にも一般化してしまう。また、それだけではなく、その人の苦痛に対してはその苦痛をその場で癒そうとするのではなく、そこからの反省とその人や社会の変化を通して苦痛を和らげたり、苦痛を快楽にさえ変えてしまおうとさえする。その意味では、クィア理論の処置は、安易な投薬に頼らず長い時間と多くの費用のかかる精神分析のそれ、または長い時間をかけながら体質改善をすることによって痛みを和らげようとする東洋医学のそれに似ている。ただし、クィア理論は、正常な状態、健康な状態という「治療」の前提やゴールさえも疑問に付してしまうのだが。

私はクィア理論にはこのようなある種の「残酷さ」が必要であるとさえ思っている。このような残酷さを正当化する理由はお決まりの文句である。

それは、人間の変化の可能性の肯定と、変化への信仰にも似た信頼である。そして、ある苦痛に固執してしまうことによって私たちがその苦痛に縛られてしまうことの警戒。苦痛への対処としての鎮痛剤から鎮痛剤の依存症になってしまうように、アイデンティティ・ポリティックスや政治へのある仕方でのコミットメントが新たな抑圧や弊害を生んでしまったことの痛烈な反省。

クィア理論が自身の前提とする人間や社会のラディカルな変化の可能性が実際にあるのか、ないのかという問題は、もちろん私たち自身がそれを信じ実際に試みることを通してしか知ることはできない。私たちがその答えを知るには、おそらく長い時間がかかるだろう。そういう意味で、クィア理論は効率性と実用性が重んじられる現在では反時代的な存在である。たとえ、一見、それが現在どんなにファッショナブルな存在であるとしてもである。

クィア理論とは何か、それは一体、何に役に立つのかというクィア理論に向けられる苛立ちに満ちた問いは、当然であり、理解されるべきものである。しかし、たとえその問いに対する答えが多くの人々を失望させるものだったとしても、それはクィア理論が不要であることを意味しない。たとえ少数でも、そのような理論が必要な人々がいるならば、それを学びたいという欲望を持つ人々がいるかぎり、ある仕方でそれは存在すべきだし、その存在は尊重されるべきである。そのような少数の欲望の肯定こそ、セクシュアル・マイノリティーズの運動が主張し、実現しようとしてきたものに他ならないだろう。

“Don’t You Realize Fat Is Unhealthy?” 日本語訳

2009 9月 3
- 投稿者: Chico Masak

この記事は Shapely Prose というブログの Don’t You Realize Fat Is Unhealthy? という記事を日本語訳したものです。

This is a Japanese translation of the blog article, Don’t You Realize Fat Is Unhealthy?, from Shapely Prose. Over a year ago, I sent the author email asking for permission to translate the article but I haven’t heard back from her. So if there’s any problem, please let me know and I’ll take this down off the Internet.

以下が本文です。

Don’t You Realize Fat Is Unhealthy? 肥満は不健康だってことが分からないのか?

私は肥満の歓待についてブログを書いているんですよ。

肥満の歓待は、「肥満」と「歓待」という言葉が一緒に並んでいることからも分かる通り、なかなか理解されません。「見た目で人を判断して嫌ったりしない」、「自分の身体をどのように扱おうと自由だと思っている」、そして「メディアが吹聴するモラルパニックみたいなものもちゃんと批判的に見れる」とされる進歩的だとされる人々の中でも、肥満については違うのです!「肥満が広まっているって知らないの?」「肥満で死ぬこともあるんだよ」「2型糖尿病って聞いたことないの?」「このせいで社会が払わなければならないお金の額がどれだけ多いか分からないの?」「こどものことについて、誰か考えてよ!」

これらのようなコメントをする気があるのなら、以下に私が肥満と健康について考えていることのうち大体のことを10項目にまとめて書くから、それを読んでからにしてください。
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新しいサイト『フェミニズムの歴史と理論』

2009 7月 8
- 投稿者: Chico Masak

グローカルフェミニズム研究会が新しいサイトを立ち上げました。

フェミニズムの歴史と理論

当研究会のプロジェクトの一環として、新しく「フェミニズムの歴史と理論」というサイトを立ち上げました。まだ作成途中の状態ですが、とりあえず、斉藤正美&山口智美による「ジェンダーフリーとフェミニズム」サイトに掲載されていたコンテンツは、すべてこの「フェミニズムと歴史と理論」サイトの中の「ジェンダーフリーとフェミニズム」のほうに移行しましたことをお知らせします。

徐々にとなりますが、この新しい「フェミニズムの歴史と理論」のほうを充実させていきたいと思っています。

メンバーは「荻上チキ、斉藤正美、macska、山口智美、マサキチトセ」です。よろしくお願いします。

マサキチトセ

虐待された女性が採る防衛のための戦略

2009 7月 7
- 投稿者: Chico Masak

マサキの個人ブログから抜粋


Battered Women’s Protective Strategies* という論文(というか、何? まとめみたいなの)が今月になってアメリカの VAWNET.org という女性に対する暴力に反対する団体から出た。新しい発見が! とかではないのだけれど、暴力の被害に遭っている/遭っていた女性が、単に無力だったり無知だったりして何もアクションが起こせなかったり、受動的な実践(泣き寝入りとか暴力への感覚麻痺とか認知の歪みとか)しかやっていないという偏見とは異なり、日々様々なやり方で暴力と向き合って、それをなんとかしようと様々な実践を積極的に、本人たちの最も適切と思うやり方でやっているのだということを前面に出して様々な統計を出しているところが、この論文のいいところだと思う。

まず最初の2つの段落からして重要。訳は適当。

When exploring battered women’s protective strategies, the first question to ask is, “Protection from what?” Protection from further violence is a natural and obvious answer to this question, but it is not the only answer. Many other domains of a woman’s life are also threatened by battering: her financial stability, the well-being and safety of her children, her social status and the degree to which she is subjected to a stigmatized identity, her psychological health and sense of self-worth, and her hopes and dreams for the course of her life. These are just a few of the areas that are routinely threatened by a woman’s abusive partner. Indeed, the threats to these domains may in some cases be greater than the threats of injury or physical pain.
虐待を受けた女性が防衛のためにどのような戦略を採用しているのかを調べようとするとき、まず頭に浮かべるべき質問は、「何から防衛するのか」というものだ。「将来も継続する暴力からだ」というのは自然で明らかな回答のようだが、実際にはそれは1つの回答に過ぎない。身体的な痛みだけではなく、女性の生活における様々な他の部分もまた、虐待によって脅かされているのだ。例えば経済的な安定、子どもの生活と安全、社会的な地位や社会的烙印を押される度合い、精神的な健康、自己肯定感、そして将来への展望や夢などが脅かされるが、この他にもまだまだ、暴力的なパートナーによって日々脅かされているものはたくさんある。実際のところ、生活・人生のこういった部分に関しての脅威は、時として怪我や身体的痛みの脅威に勝ることもあるのだ。

Victims are never responsible for the battering perpetrated against them, but, just as people cope and respond to other negative events, victims must also cope and respond to battering. Few people recognize that women are often attempting to cope with numerous threats posed by battering, not just the threat of bodily harm. Unfortunately, it is not always possible to protect oneself from all of these harms simultaneously, or even to spread the risks more or less equally across these domains. Rather, acts that protect against one form of harm often exacerbate other harms. In particular, the unintended consequences of leaving for battered women and their children, especially leaving abruptly in an emergency context, are under-acknowledged by many scholars and advocates (Davies, 2009). It is perhaps natural to assume that escaping violence as quickly as possible is an obvious choice for any victim. The reality, however, can be much bleaker. Some women are so destitute, both financially and socially, that leaving, especially in a short time frame, may be worse than staying.
被害者に暴力の責任があるわけではないが、嫌なことがあっても私たちはそれに対応しなければならないように、虐待の被害者も暴力になんらかの対応をすることになる。しかし彼女たちがほとんどの場合暴力による様々な脅威(身体的な痛みを伴う脅威も含め)に対応しようとしているのだという認識は、あまり広がっていない。悲しいことに、全ての脅威から同時に身を守ることなどとうてい出来ないし、全ての脅威においてリスクを分散させることも難しい。むしろ、時にはある脅威から身を守ろうとした結果が他の脅威を増幅させることもある。特に、虐待を受けた女性やその子どもたちが(特に緊急事態のときに急いで)暴力の現場を去るということがいかに予想しない結果を及ぼすかといったことは、多くの学者や活動家の耳には届いていない (Davies, 2009)。一刻も早く暴力の現場から離れることが当然の選択肢だろうと推測するのは確かに分からないでもないが、しかし実際はそんなに甘くない。中には経済的にそして社会的にも恵まれない女性がいて、彼女たちがその場を去ることは、特に短いタイムスパンでは、その場に残ることよりも危険なことかもしれないのだ。

そしてこうも言う。
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◇「ジェンダー研究へのアプローチ」2009年度公開講座のお知らせ◇

2009 5月 14
- 投稿者: Chico Masak

以下は転載・転送歓迎らしいです。

===転載===

◇「ジェンダー研究へのアプローチ」2009年度公開講座のお知らせ◇

なぜ非異性愛者ばかりが「名乗り」を強要されるのか。ニュースコンテンツサイト「デルタG」のライター・運営スタッフであるミヤマアキラさんと、フェミニズム研究をご専門とし、セクシュアリティを主な関心領域とされる大学教員の飯野由里子さんが対談形式での講演を行います。「名乗り」としてのカミングアウトや、一方的な「名付け」や人格への還元など、「名付け」をめぐる政治性についてお話いただきます。ぜひお誘い合わせの上、ふるってご参加ください(予約は不要です)。

■講演タイトル:「〈名付け〉をめぐるポリティクス」
(「ジェンダー研究へのアプローチ」2009年度公開講座)
■日時:5月20日(水) 15:40〜19:00
■場所:国際基督教大学 本館3階 303教室
■講師:ミヤマアキラさん
    飯野由里子さん
■言語:日本語(ディスカッション、質疑応答あり)

■講演概要:
「異性愛」が「デフォルト」な世界(異性愛中心主義社会)において、性的マイノリティはその存在主張のため、つねに「非異性愛」として「名乗る」ことが要請される。

圧倒的に非対称な権力関係の下、自らを「非異性愛」として名付けたり名乗ったりすることはとりわけ切迫した問題であり、ポリティカルな意味を持ちうるが、同時に「名乗り/名付け」が含み持ってしまう問題や暴力性もまた存在する。もう「非異性愛」という名乗りは必要ないのだろうか。あるいはどのような形の名乗りが有効なのだろうか。具体的なお話を織り交ぜながら、「名乗り/名付け」の問題をめぐってご講演いただきます。

■講師プロフィール
◆ミヤマアキラさん:
ニューコンテンツサイト「デルタG」のライター、および運営スタッフ。ルンペンのふりをしたリサーチャー、あるいはリサーチャーのふりをしたルンペン。
◆飯野由里子さん:
大学教員。専門はフェミニズム研究。主な関心領域はセクシュアリティ。
■主催:国際基督教大学ジェンダー研究センター
住所:東京都三鷹市大沢3-10-2 ERB-301
電話:0422-33-3448
■問い合わせ:iseri@nt.icu.ac.jp(担当:井芹真紀子)
===転載終了===

派遣村:女性相談あり

2009 4月 10
- 投稿者: Chico Masak

マサキチトセです。
某MLで回って来たのですが、ウェブ上にも既に上がっている情報なので、転載します。

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☆切るな!切らせるな!春の派遣村アクション☆
 女性相談あります♪

開催日:4月8日(水)、9日(木)
相談用電話番号:0120−833−890
時 間:電話相談10時〜20時
来場相談9時〜14時
    ハローワーク同行・生保申請同行:随時
場 所:日本青年館(東京都新宿区霞ヶ丘町7番1号)
○JR中央線・総武線 千駄ヶ谷、信濃町駅より徒歩9分
○地下鉄銀座線 外苑前駅より徒歩7分(3番出口)
○地下鉄大江戸線 国立競技場駅より徒歩9分

:昨年末からの不況のあおりを受け、3月末での雇い止めや解雇が急増すると予想されています。
また産休切りや育休切り、女性への暴力、さまざまな困難が増えています。今回、派遣村実行委員会では、労働・生活・医療とともに女性の相談を同時に受ける体制を作り、電話と来所の相談会を行います。

★女性相談を専門スタッフが受け付けます★
直接いらしてください。安心して相談が受けられます。
気軽に相談してください。

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講演会情報(性同一性障害・トランスジェンダー)

2009 2月 3
- 投稿者: Chico Masak

某MLで回ってきました。転送歓迎とのことなので、ここで宣伝します。

マサキチトセ

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横浜国立大学  「差異と共生」プロジェクト×ジェンダー・トラブル研究会 ジョイント講演会

グローバル化する欲望と身体 
「性同一性障害論」に隠されてしまったもの

性同一性障害、あるいはトランスジェンダーの議論は、これまで、こうした存在が性別二元制を揺るがすか/固定させるか、といったところに焦点化されがちでした。今回のシンポジウムでは、こうした議論の中で埋もれてしまった部分について、グローバル化をキーワードに、トランスジェンダーをめぐる文化、医療、自己認識などを論ずる場としたい、さらにまたグローバル化に伴い変化してきた私たちの欲望と身体という、より大きな問題について議論していく場となりうれば、と考えております。

日時:     2月21日(土)13:30~17:00
講師:     中村美亜 氏 × 三橋順子氏
中村美亜『クィア・セクソロジー』インパクト出版会
三橋順子『女装と日本人』講談社現代新書

場所:  神奈川県立・地球市民プラザホール(あーすぷらざ)
JR根岸線 本郷台駅改札出て左すぐ  
司会進行       加藤千香子・金井淑子 
13:30~13:40  趣旨・講師紹介など
13:40~14:25 講師講演 
14:25~15:10 講師講演
15:10 ~15:20  休憩
15:20~15:50  講師対論
15:50~16:50  会場討論
終了後は講師を囲んで懇親会
問い合わせ先:〒240-8501 横浜市保土ヶ谷区常盤台79-2
横浜国立大学教育人間科学部 社会ネットワーク講座
加藤千香子研究室 Tel:045-339-3436 e-mail:YQS02036@nifty.ne.jp
金井淑子研究室 Tel: 045 -339-3431 e-mail:kanaiysk@ynu.ac.jp
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ブロガー募集中

2008 9月 17
- 投稿者: Chico Masak

G.R.E.A.T. Japan [グレートジャパン] では現在、当ウェブサイトでブログを執筆してくださる方を募集しています。現在知り合いの中から書いてくださりそうな方/書いてほしい方を探してアプローチをかけ始めているところなのですが、それ以外にもぜひ書いてくださる方がいればいいなーと思っています。ちなみにかなり少額ですが原稿料も出ます。

詳細はここをクリックして読んでください。

マサキチトセ

大学、大学院、勉強会、読書会情報更新

2008 8月 6
- 投稿者: Chico Masak

大学、大学院、勉強会、読書会情報のページを更新しました。国内に限らず、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ共和国、オランダの大学、大学院からジェンダー・セクシュアリティ・クィア関係の専攻/専門のところを探してみました。更に教育課程ではない読書会や勉強会(無償・有償)の情報も載せました。これから数週間リサーチを続けるので、期待していてください。

マサキチトセ

フライヤーをいくつか

2008 3月 24
- 投稿者: Chico Masak

アップロードしました。

ここ

からどうそ。ボクのお気に入りはトイレのやつ。

というわけで少しずつ情報が増えて来ている G.R.E.A.T. Japan ですが、資料集とかボランティア活動情報とか教育関係の情報はまだまだ用意できていません……ぅぅぅ。実はある団体が今ちょうど作っているジェンダー関連の研究所/教育機関/学会のリストみたいなのがありまして(ボクもちょっとだけ手伝ってるんですけれど)、それの公開がおそらく4月になるんですね。なのでそれが出たらその団体へのリンクも含めて、教育関係の情報を充実させようかと思っています。

資料集に関してですが、今のところ G.R.E.A.T. US (グレートアメリカ(って、なんかすごい嫌な響き(笑)))のための資料を作るためにいろいろな本や資料を漁っていて、それが形になり次第グレートジャパンの資料集作りに入る予定です。それも単純に和訳したものっていうわけではないので、新たに準備が必要だからすぐっていうわけでもないかも……ぅぅぅ。

というわけで、ボランティア活動の情報が一番早く用意できるかもしれませんね。でも日本ってボランティア活動あんまりないイメージなんだけれど……、どうなんだろう。ま、これから調べれば分かるか〜。

でわでわー、今日はこのへんで。
マサキチトセ