『クィア英会話』ツイッターアカウントのご紹介

Not gay as in happy, but queer as in fuck you. 「感じのいい従順な、でも遅れてるアジアの人」と思われない英会話小技を、思いつくままに紹介。英語の質問もある程度は受け付けます。

お久しぶりです、マサキチトセです。今年の6月に、『クィア英会話』と称して、ツイッター上で様々な英語表現を紹介するアカウントを作成しましたので、こちらで紹介させて下さい。

以下は、『クィア英会話』で流している英語表現の例です。もしお気に召したら、フォローして下さい〜。

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[イベント.12-7.東京] 難民・移民に生きる権利を!仮放免者に在留資格を!

12.7「仮放免者に在留資格を!」デモのおしらせ(法務省入管への要求)

わたしたち 難民(なんみん)・移民(いみん)は 入管(にゅうかん)による 長期収容(ちょうきしゅうよう)によって 心身(しんしん)共(とも)に ボロボロに なり、やっとのことで 仮放免許可(かりほうめんきょか)を 受(う)けました。

しかし、いつまた 収容(しゅうよう)される かも しれません。それに、仮放免(かりほうめん)に なっても 働(はたら)くことは 認(みと)められて いません。仕事(しごと)を しないで どうやって生(い)きて いけば 良(よ)いのでしょうか。
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クィア理論入門公開連続講座のお知らせ

*会場の変更があります。以下の情報を確認してご参加ください。

クィアという言葉は聞いたことがある、
ジェンダーやセクシュアリティをめぐる議論に興味がある、
もう少し詳しく知りたいけれど入り口が見つからない、
そういう方に向けて、
クィア理論入門の連続授業をおこないます。
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クィア研究者、アーティスト、活動家の皆さんへの公開書簡

以下は、 Palestinian Queers for Boycott, Divestment, and Sanctions Against Israel (クリックすると原文に行けます)という団体による、公開書簡です。ツイッター上のオフィシャルアカウント @PQ4BDS翻訳許可を取り、以下に日本語訳を掲載します。

また、翻訳を仕事でやったりはしますが、今回は急だったのと、私自身個人的に和訳が苦手なので、表現に不備があったり、内容解釈に問題があるかもしれません。何か問題を発見されたら、コメント欄、あるいはわたしのツイッターまでご連絡いただけたら嬉しいです。

マサキ
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ドイツの団体によるジュディス・バトラーのインタビュー(和訳)

ベルリンのパレードについて、著作と理論について、レズビアンという名前について、アイデンティティについて、被傷性について、ユダヤ系出自について、非暴力について、主体論とヘーゲルについて、という、お腹いっぱい!なインタビューです。インタビューしている側の発言に時々ボクが理解出来ない表現があるので、コメントか Twitter で助言頂けたら助かります。

ジュディス・バトラー インタビュー ←クリックで原文に飛べます

1956年オハイオ州クレヴァランドに生まれたジュディス・バトラー。彼女を知らない人などいるだろうか。『ジェンダー・トラブル』の出版以来彼女は、彼女の理論、とりわけジェンダーのパフォーマティヴィティの理論によって国際的に知れ渡った。フェミニズム、クィア理論及び政治哲学という、その内部で彼女自身が熱心な活動家かつブッシュ政権下のアメリカの戦争政治の批判者であるような分野に、彼女の研究は貢献している。特にドイツにおいては、ジェンダーに関わるバトラーの理論を受け入れることは非常に物議を醸し出し、フェミニズムにおいて活発な議論を引き起こした。彼女の最近の研究は、人種主義や侵略に反対し平等を求めること、ユダヤ哲学、そして国家暴力の批判を主にしている。ベルリンパレード (Berlin CSD) のあとすぐにベルリンを発ってしまったので我々は直接バトラーと話をすることが出来なかったが、バトラーが私たちのEメールにおける質問——人種主義とベルリンパレード、最近の彼女の政治的発言、近代フェミニズムが直面する問題、そしてユダヤ系の出自がどのような重要性を持っているのかについて——に回答する時間をかけてくれたことを喜んでいる。
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内部批判の意義

Twitter 上で松浦大悟さんと数日間やりとりさせて頂いている中で、尾辻かな子事務所閉鎖イベントにおける伏見憲明さんのスピーチの原稿を紹介していただいた。他のユーザーにも言及され、参照されている文章なので、ある一定方向の主張をするときには「まずこれを読んどけ」的な、 the Book 的な位置づけなのかもしれない。更に、彼の文章を紹介するブログ記事も見つけることができた。ボク自身は伏見さんの言いたいことも分かるし、それが(広い意味での)政治的な文脈で何らかの重要性を持つ/持っていたことも分かる。分かるのだけれども、同時に、表舞台に立って人々の支持を得ようとする際の問題を、ある部分においては明確にしつつ、しかしまたある部分においては隠蔽してしまう効果を持っているような気がして、特にその後者の部分に光を当てたいと思ってこの文章を書いているところ。よってこの文章は尾辻かな子さんや彼女の活動、あるいは伏見憲明さんの文章や彼の目指す方向性を批判しようというつもりで書いているのではなく、尾辻かな子さんに限らず今後数多く出て来るであろうセクシュアル・マイノリティ議員候補を応援する気持ちから書かれたものであると理解して頂ければ幸いです。
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ひろこさんには借りがある

『ハートをつなごう』というNHKの番組シリーズで昨日放送されたのは、障害をもつこととLGBTであることの両方がどのように重なるのかについてだった。それを見て、まず感想として持ったのは、「差異を認め、それを祝福することに、どうしてそんなに『幸福』が重要になってるんだろうか」というものだった。ひろこさんはVTRにも登場し、スタジオでメインゲストとしてインタビューを受けた、脳性麻痺を持つトランスジェンダー女性だ。彼女は番組中頻繁に「幸せそう」とか「かわいい人」と言われ続け、「やりたいことをやってる」強い心を持った人のような扱いばかりを受けた。でももし彼女が憂鬱な人だったら? 実際彼女が憂鬱な日々を送っていたことは、番組からも明らかだ。
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「わたしには言葉しかない」場合——告発と検閲

言葉を持つこと、すなわちある程度の語彙と論理性に関する能力の訓練が可能な機会に恵まれた人生を一定期間過ごしたことがあるということは、やっぱり権力性を帯びないわけがない。そんなことは当たり前で、だからもちろん言葉を持つことというのは、特にその言葉が歴史的・社会的に権力を持っている/持って来たような文化のものであるとき、暴力的になり得るし、その取り扱いには注意しなければならない。しかもそれは西洋中心的な学問の言語であったり、あるいは啓蒙主義的で道徳的な語彙や定義であったり、色んな形態を取る。
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[video] ジュディス・ハルバースタム教授によるミニ講演 “Queer Faces from Lost Times”

2009年11月28日に国際基督教大学のLGBITサークル、シンポシオンが南カリフォルニア大学のジュディス・ジャック・ハルバースタム教授を招き、「大学で Queer Studies を学ぶこととは」のタイトルで交流をしました

教授が行った、クィア性、写真、そして真実性といった問題についてのスライドショーの様子をスタッフが録画してくれたので、ご覧下さい。計6つのビデオにわかれています。(ボクは司会やってます・・・)

ちなみに字幕は年明けまでには完成させます。


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